自得山 静勝寺

静勝寺報35号 巻頭言 2020年6月20日

第35号

令和2年

6月20日発行

発行所静勝寺

編集発行人

髙﨑忠道

 
静勝寺報

お施餓鬼お盆の季節が近づいてまいりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

はじめに、このたびの新型コロナウイルス感染症により罹患された方、拡大防止のため多大なる影響を及ぼされている方々にお見舞い申し上げますとともに、医療関係者、流通など社会生活を支えて下さっている方々に感謝申し上げます。

さて、年明けより当感染症のニュースは耳にしていても、当初はまさに対岸の火事でした。しかし、国内でも感染者が出、クルーズ船での集団感染、アメリカ、ヨーロッパ、国内での感染拡大、学校休校、自粛要請、緊急事態宣言と日々状況は悪化し、あれよあれよという間に日常生活の変化を余儀なくされました。さらに、長年大変お世話になっていた方が感染し、あっという間に旅立たれたことに大きな衝撃を受け、その渦中にいるのだと認識しました。また、火葬場で通常よりひと回り大きく、白い布で包まれさらにバンドで縛られ、フォークリフトで運ばれていた棺を目にしました。おそらく、感染症でお亡くなりなられた方の棺と思われ、そのまま屋外に留め置かれ、その日の最後に火葬されて、ご遺族のもとに届けられるのでしょう。お見舞いも、最期も看取ることも葬儀もできず、火葬も立ち会えず、骨を拾うことさえできない、人間の尊厳をも失なってしまうコロナウイルス感染症の恐ろしさをつくづく感じました。また、この時期、他の病で入院されていた方のご家族も面会もできず最期も看取れなかった方があったと聞きます。ご遺族の心中を察するに余りあるものがあります。

今回、自粛生活が長くなり、感染への不安、経済的な不安、見通せない先行きへの不安、我慢を強いられることへの不満、自分より自粛してないのではないかと思う人への不満、あるいは自分より大変な人がいるのに不平、不満、弱音を言うに言えないイライラ等、ストレスを感じる面も多々あったと思います。それが過度になれば、家庭内暴力、児童虐待、ネット上の誹謗中傷、正義を振りかざして他を非難する「自粛警察」、差別、偏見、よそ者の排除、人種差別、大国どうしの非難の仕合など様々な問題となって現れています。これらは、自分が正しい、自分の方が偉い、自分さえよければよいという思い「悪い心」から生まれます。

一方、余裕のできた時間を利用して、整理、整頓、掃除、料理、新たなことに挑戦する、子供とゆっくり過ごすなど、日頃なかなかできなかったことをなさった方も多かったと思います。すると、日頃身近にあっても気付かなかったことに気付いたり、家族の有難みを感じたり、当たり前と思っていたこと、呼吸できることも実は大変有難いことであると気付き、感謝の気持ちを新たにされた方も多いのではないでしょうか。何事も有り難いことに気づき、感謝の念を持ち、他者を思いやる、これが「良い心」、「慈悲の心」、つまり「仏の心」です。

誰もが「悪い心」と「仏の心」どちらも持ち合わせていますが、ともすると「悪い心」が勝ってしまいます。特に今回のように、不安の中での生活、我慢を強いられる生活はこの心が大きくなり、それが差別、偏見につながっていくのです。

今地球上に生きる全ての生物は、進化の過程で様々な危機に遭遇し、それを乗り越え生き残った者の子孫です。それは決して強いから生き残ったのではなく、多様性を含む種であったからこそ生き残れたのだそうです。人類も例外でなく、何度もこのような感染症による危機を乗り越えてきました。それは、決してウイルスを撲滅した訳ではなく共存することで乗り越えてきたのです。生活様式や価値観を変えて乗り越えてきたのです。それができるのは心の多様性、寛容性に他なりません。他を思いやる心、慈悲心、「仏の心」です。

天台宗の開祖最澄の言葉に有名な「一隅を照らす」があります。「一隅を守り、千里を照らす」とのことで「自分のできることをなし得ていくことで千里、世の中を照らす、役立つことにつながる」との意だそうです。昨年殺害された中村哲氏もこの言葉を座右の銘となさり、医療活動からはじめ、自分のできることをコツコツなさり、井戸を掘り、用水を作り砂漠を緑にし、農地とし、多くの人々を救いました。中村氏のなさったことは誰でもできることではありませんが、一つ一つの積み重ねが、大きな結果を生みました。

コロナ禍を終息に導くには、ひとりひとりが「仏の心」を顕わす努力をすることです。それは難しいことでも大きいことでもなく、今自分にできる良いことをコツコツすることです。マスクをする、手洗いをする、人と距離を保つことも勿論ですが、偏見、差別の心を持たないようにすることが大事です。そして、たとえ「悪い心」が起こっても、そのことを口にしたり、行動に移したりしないことが肝要です。「悪い心」を起こしてしまった自分をも許す心の余裕も大切です。このことを心がけていけば、このコロナ禍を乗り越えられるに違いありません。同じように、自分と違う考えの者を排除したり屈服させたりするのではなく、異論を認め共存する道を模索することが全ての困難、禍を乗り越える道です。この機会に、皆それぞれが光となって世を照らす、明るい社会を目指しましょう。

まだまだ感染者数は減らない状況です。皆様どうぞご自愛なさり、心豊かにお過ごしいただけることを念じます。